特定非営利活動法人法人 疾病管理・地域連携支援センター

Translational Medicineの展開 松岡健平

 Journal of Translational Medicineが創刊されたのは2003年、Science Translational Medicineは1年半しかたっていない。NIH(National Institute of Health)は09年よりtranslational scienceを新しいジャンルとして重視し定義や演習について検討を始めた。

<EBMの基本は変わらず>

 無作為前向き試験はEBM(Evidence Based Medicine)の基本技術であるが、その考え方と方法論を教わったのは、1969年、ボストンで研修医のとき、Thomas C. Chalmers教授(タフツ大学代謝内科)だった。彼は朝鮮戦争中、座間の米国陸軍病院にいて、肝炎)に罹って前線から戻ってくる兵士を無作為に2群に分け、安静・点滴による栄養補給群と普通食・自由な身体活動群に分けどちらが早く改善するかを調べた。早く改善したのは後者だった。よく回診中に、「前向き無作為試験による実証は、大家の経験と先入観による誤った認識を破壊するために必要だ」と語っていた。その後、UGDP(University Group Diabetes Program)の幹部となって、2型糖尿病を対象とする無作為前向き試験を行い、SU薬やインスリン群のほうが食事単独群より冠疾患リスクが高い、という結論を出した。何年か経って、誤ったデザインだと、非難されたが、ラジカルな無作為試験としては基本に忠実で、今になって読むと成績も是とするところがある。

<Translational Researchから派生>

 EBMに代わって、Translational Medicineが次世代の医療形態とされている。EBMは画期的概念であったが、誤解されやすく、これくらい一人歩きした用語も少ない。中には、「ランダム化されてない調査はだめ」と退けられた演題は枚挙にいとまがないが、壇上から「君の質問にエビデンスがあるのか」と威嚇したり、自説の盾とするに至っては、何をか言はんやだ。今世紀に入って、EBMの使い勝手に当惑した医師が、narrativeな要素とのバランスを考慮すべきだ、と主張し始めた。さらに、エビデンスが確かでない談合めいたガイドラインやメーカー主導によるバイアスのかかったEBMもどき、が出現するに及んでは、エビデンスの質とその翻訳の評価を欠かせない。それが「間違い」か否かの峻別眼は実践の場でしか得られない。

 Translational Medicine はEBMがリストラ(restructuring)された形態である。この考え方の基本となるのが、Translational Researchで、NIH News(7/14/09)によると、基礎研究とその周辺領域の開発、他分野への応用、開発研究への転換を図る目的がある。その第1相は、“bench to bedside” (研究室から臨床へ)で、有効な治療法の開発である(安全性の調査や疫学調査を含む)。第2相は、臨床成績の検証である(効果、安全性、対コスト効果の検証、ガイドラインの作成まで含む)。最後の第3相は、“Closed loop audit”によるKaizen(改善)を継続し、実証による提言を以って予防と治療に必要な情報の提供すること、とされている。

<実践から生まれる知恵>

 Translational Medicineは、”Bench to bedside“と”Bedside to clinical practice(ベッドサイドからの実践)”に分けられる。前者は、情報と技術の臨床現場への翻訳だが、臨床家への流れはしばしば権威者から一方向的であった。基礎研究者の間では以前から、臨床現場での評価に大いに関心があった。後者はベッドサイドで得られる知識からの実践であるが、benchをさらに刺激するフィードバックが望まれる。臨床に従事する医師、コ・メディカルは患者のために翻訳し、その成果がパスやマニュアルとなるが、この作業は後者に入る。Intelligence(知恵)は practice(実践)から生まれる。Benchの人たちは文献により情報と知識は増えるが実践を伴わない知恵には限度がある。Benchはbedsideからの反響を待ち望んでいる。何より、疾病の管理に人種、性、病気による偏見、経済状況、地理的不平等などから来る差別の解消は医療職の使命だ。

 昨年、Michel Sandel教授の”Justice”(正義について語ろう:早川書店)を読んでいて気づいたことだが、功利主義のJeremy Benthamがいう「最大多数の最大幸福」はEBMには合うようだが、そこから逸れた人はunhappyだ。Translational Medicineへの移行は、John Stuart MillがBenthamを擁護しつつ、個の尊厳を守るスタンスを取ったのに似ている。ラジカルな考え方に基づく正義は多様だが、道義的責任や良心から、スタンスは変化する。Translational Medicineには、動物実験による原理の証明とかFDAの認可を取るための研究は含まない、という。やはり臨床家にとって、最も味があるのは、多様な条件を容れた介入疫学(Intervention epidemiology )である。

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